サンベリーの徒然

農家民宿の一家が日々の営みの中で思うことつづる場所
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毒親その2
 毒親とは恐ろしい言葉だ。
父母の愛は海よりも深く、山よりも高い。特に母親の愛は無償の愛とさえいう。
テレビでアフリカの動物番組で放映されている画面から、正しく無償の愛という光景が登場する。野生の生き物は全て無償の愛である。
ヒトもそうであるが、ともすると有償の愛に変わってしまう親がいる。
物心着く頃に何か変という感覚が子供心に芽生えるが、生きる条件を委ねているから歯向かうわけにいかず、いつしかその環境に安住してしまう。しかし自我の芽生えと反抗期が来てそれを潰すような母親の圧力で自分を活かす努力が否定される。こんな時に家出という手段があるのだが。
このような境遇を中学生から高校生の時期に続けて、脱皮できればまだ救われるが、そのまま続けていると引きこもりとなる。不登校はその現象だ。

親に嫌われても生きる力という生き方を教えてくれる学校はない、しかしあるのだ。宗教系の学校になる。親の恩というが、実母だけが恩の対象ではないと分かるには宗教、哲学に触れるのが近道か、または自分の体験を人に語れる人だろう。

毒親は子供を褒めない。褒めてもすぐ要求度を上げる。だから肯定感が生まれない。常に否定されている。だから辛い。いい成績を出しても仕事でうまくいっても長続きしない。
親からは嫌われても、信じてくれる人がきっといる。それで人は生きられる。

ペットを大事にしているヒトの中に、煩わしいから嫌と恋愛から避ける例がある。
これは自己否定が生き方になってしまった例だろう。

嫌なことでも信じている人と一緒なら、辛さが薄れ楽しさに変わるという体験を語り合える出会いが大事である。どうせ生きるなら生き方をまなぼう。

父母もその父母も我が身なり、われを愛せよわれを敬せよ。 二宮尊徳
- 13:40 comments(1)
COMMENT
親も年を取ってるので
言えるのは 聞けるのは
今の内かもとも 思います。(毒おやかもと思ってる一人より)
| mi | 2014/10/14 6:01 PM |









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