サンベリーの徒然

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不死身の特攻兵ー佐々木友次、空戦の回想―坂井三郎

前者は最近、後者は以前に購入した本である。

佐々木氏は21歳で特別攻撃兵に組み込まれ、4人乗りの軽爆撃機を一人で操縦

してフイリピンの飛行場から出撃して、9回繰り返して生還した。

搭乗した爆撃機には攻撃用の機銃ははずされ、敵の艦船に衝突したら自爆するような

パイプが3本機首から前に突き出ているという異様な改造がなされていた。

著者は劇団演出家の鴻上尚史氏である。

 

後者は21歳で戦闘機に乗り、76機の戦闘機や爆撃機を撃墜した人物の自著書である。

中国本土から始まりフイリピン、インドネシア、ラバウル、ポートモレスビーの攻撃と空中戦、

ガダルカナル攻撃で敗戦を実感して、敵戦闘機から銃撃を受け目を負傷してやっとの思いでラバウルに

帰着。本土に戻り治療をするが片目は失明。そして横須賀航空隊の所属になる。この隊に硫黄島出撃命令

が出る。

本来なら戦闘機に

搭乗する命令はないが、下から見上げていられず空に上がる。片目の視力だから戦闘能力がない。15機の敵戦闘機に囲まれても生還する。そしてついに

特別攻撃命令が下る。夜を徹した会議で激論の末に航空隊司令官の結論だった。飛べる飛行機は20機もない。

敵の航空母艦に体当たりしろという命令。大本営が玉砕攻撃を発表する4か月前のこと。

坂井さんも出撃したが敵戦闘機に遭遇して壊滅状態になり玉砕未遂で帰着する。飛行場では

帰還した3機によく帰ったと賛辞の声が多かった。しかし命令違反で処罰覚悟で司令官に報告すると

渋い顔で生きていてよかったという。賛辞の声というのは玉砕攻撃を歓迎する兵士たちはいないということなのだ。

これは前著書の内容と同じ。ついには航空機は全部爆撃されて、搭乗員は仕事がなくなり、本土からの命令で

上級将校から順番に帰還する。坂井さんは最後の11番目の飛行機に乗った。

見送る兵士たちに、あとはよろしく、という無責任きわまる言葉を残して。

 

2人に共通するには飛行機大好きという天真爛漫さだ。それが戦争という修羅場で壮烈な

悲劇を体験する。

 

前者の本は大好評で入手に時間がかかるがぜひ読んでほしい。今の日本国の課題

そのものがある。明治150年回帰の年に警鐘と反省が促される。

 

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