サンベリーの徒然

農家民宿の一家が日々の営みの中で思うことつづる場所
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勤勉日本人

勤勉な日本人は、工業製品、農産物、民芸品などのもの図くりに関して、

非常に高度の能力を持っていると自画自賛していた時代があった。

今でもそのように思い込んでいる人もいるだろう。

それが思わぬ方向に転向しているのが最近の社会にある。

一流といわれる大企業製造事業所が品質の改ざん偽造をおこなっていることが

判明して、経営陣は謝罪に追われている様子がマスコミに登場する。

jr西日本の新幹線車両の台車に亀裂が入っても運行させるというのも同じ

レベルの問題である。

現場の当事者がそれぞれ真面目に勤勉に仕事に打ち込んでいるといいう現象だ。

目前の行為に集中していると全体が見えないがそれは個々の見方であり、

全体を見るという見方の部署が真面目に働いているかであるが、

そこに忖度が出てくると勤勉真面目が裏返しになる。

もりかけ問題でも同じ、財務省の国会承認疑惑も同じだし、事務次官の

取材を巡る事件も同じ。真面目に勤勉に法律にふれぬように言い訳を繕っている。

防衛省の報告書の報告書紛失が廃棄から保存発見に至った状態もそうだ。

 

目の前の製品作りは勤勉に能力を発揮しているが、それから先の進行が

はっきりしない、というよりも事実を見ていない。あるいは身近な

人間関係の中でしか判断の材料を持たない。

木を見て森を見ない、ということわざが今の政治、産業社会の現象である。

 

稲盛和夫さんの、思いに邪なし、を読んだが、そこがはっきりしている。

一事が万事、というが混乱か続くのだろう。

 

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