サンベリーの徒然

農家民宿の一家が日々の営みの中で思うことつづる場所
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白隠を読む、栗田勇

栗田勇さんはフランス文学者で、ご存命なら90歳を過ぎている。

この方は、道元、親鸞、一偏、一休、良寛、などの仏教者を書いているが

その中に白隠もある。栗田さんは文筆生活が長く続けているうちに治療不明の

病気になってしまった。医者に診断してもらってもどうしていいかわからない。

白隠のことは知っていて、夜舟閑話、遠羅手釜などは読んで知っていたが、

さして大事に考えなかった。

自分の治療不明の難病になって、白隠を思い出し熟読した。また知人の呼吸法の

帯津良一からも助言をもらい、内観の法を繰り返し実行した。繰り返すうちに

手足の感覚が生きて暖かなることを実感して、眠りも深くなってきて、数カ月で

回復してきた。もうひとつ軟蘇の法も行った。

この本はご自分の体験から内容が始まっているので、仏教というより白隠の

人生が語られている。南無地獄大菩薩という文字が描かれたいきさつは今の

コロナウイルスの時代に当てはまる。

白隠が影響を受けた人物を2人紹介している。白幽子と正受老人であるが、

前者からは中国渡来の儒教、道教、などからくる気功法があり、後者からは

白隠の生き方を左右した存在がわかる。

正受老人とは通称で、道境彗端が正式な名前である。長野飯山に住んでいて、

白隠24差のとき68歳の老人に出会い、8カ月飯山で修業した。

老人は真田昌幸のこどもといっても、側室の子で昌幸の弟が真田幸村である。

詳しくは本を読んでほしいが、南無地獄大菩薩という言葉は、ここの修業が

根底にあると思う。

彼がここに来たときは、上越の英厳寺の修練会で300年に一度という大きな悟りを体験して

鼻高々のときだった。ここで穴倉坊主と縁側から蹴落とされるような厳しい修行があった。

白幽子に会うのは難病に取りつかれて、2年後に26歳の時に京都の山中で内観の法を

伝授される。難病はなるが満足できない彼は死に場所を求めて放浪に出る。

仏に出会って、仏に騙されて、その繰り返しが栗田さんの本に語られている。

今は混迷の時代と思う。衆生本来仏なり。

 

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